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その癖に、 [ソウサク]

 小説を書いているときの自分が好きだった。
 他人から何を言われようと、全然気にしなかったし、前だけを向いて書き続けていた。「金の無駄」「一生作家になれない」「読むに堪えない作品」「小説を書くことのスタートラインにすら立っていない」等馬鹿にされようと毎月5冊の文芸雑誌を買って片っ端から読んでいたし、年に2回賞に出していた。

 最後に小説を書いたのは一体いつのことなのだろう?
 あの頃の私が見たら、毎朝箒で床を掃除して拭き掃除をして、1日4時間のパートに出かけて、夕方のタイムセールで献立を組み立てたり、季節の折々にカーテン洗ったり、梅シロップ作ったり、文旦でピール作ったり、きつねうどん用のあげさんを大量に炊いて、小説も書かずにぐうぐう昼寝している姿をどう思うのだろう。

 ただ、これだけは言える。
 なんだか、すごく疲れた。自分の中に寒くて冷たい風が吹き抜けて何もかもがむなしくてならない。
 自分が書きたいと思うことの重さにも、書きたいことにぴったりあう言葉を探り続けることにも、へたくそな文章を組み立てて物語にすることにも、そして今までがそうだったように、これからも完成した作品が己の稚拙な文章力のせいで、読後に他者の心に一枚のヴィジョンが的外れな伝わり方をすることに。

 少なくても家のことをあれこれこなしているときはそういう虚しさを感じなくて済む。
 家事に逃げている気もする。

 そのくせ、会社の行き帰りに、かつて自分が書いていた物語の登場人物たちのその後が見え隠れすると、無性に後をつけたくなるんだ。肩をぐっとつかんで、その後を聞き出したくなるんだ。


夢見る年頃が過ぎても [ソウサク]

 かつて同じ志を持ち集った人たちに再び会った。夢見る年頃は過ぎても、私たちが抱いた夢は消えない。夢を叶え、叶えた夢を現実にしつづけることの難しさ、同じ志を持っていたからこそ理解できる物語のすばらしさ。

 私たちは物語があるから生きていける。人生の喜びも悲しみもみんなみんな物語が教えてくれた。

 物語を通してめぐりあった人たちに私はただただ感謝するしかできない、煌めくあまたの照明の下にあったあの人たちの顔、ことに笑顔を私は忘れない。

 昨日の夢のようにすばらしい時間を、光輝く波のように喜びに溢れた時間を私は忘れない。

そしてあれから [ソウサク]

 わたしが小説を書こうと、小説を書くことつらい記憶を忘れようとしたのはあなた故だった。そしてわたしに小説を書くことをやめさせたのもあなた故だった。昔書いた小説を読みながらあなたを思う。あなたへの思いは実らなかったけれども、わたしが書いた物語、物語を書くことを通じて出会った人たち、これから出会うであろう人たち、わたしの人生にあるあまたの出会いが人より豊かなのは(もちろんこの中には不幸な出会いもなかったわけではないが)あなたがわたしに小説を書き続けることを助言してくれたからだろうと。

 16の私が出会ったあなたがわたしにこの世が美しいことを教えてくれた。「喪失」ということばの意味を教えてくれたのもまたあなただった。深い悲しみを癒してくれたのは10年前に書きはじめた小説と同じ志を持つ人たちだった。あなたがいなかったらわたしはきっと書かなかっただろう、あの物語たちを。読みながら書くことで癒された悲しみを思う。もう一生会うことはないけれども、あなたのことは忘れない。あなたが私のことを思い出すことがなかったとしても。


2000年01月07日 雪 [ソウサク]

 あなたの澄んだ眸を見ているとわたしはたまらなく悲しくなるのです。どうしてそんなにじっと見つめるのです。誰もわたしを見てくれることなどなかった、誰もわたしのことを好きだといってくれる人はなかった。けれどもあなたはわたしを見つめてくれる、その手のひらでわたしの頬をなでてくれるのですね、わたしの髪の毛を撫でてくれるのですね。あなたの澄んだ眸がかなしい。お願い、わたしを哄笑(わら)わないで、雪がちらつくのを見て涙ぐんでしまったわたしを臆病だと笑わないで。

 ずっと前にくちづけをした、あの記憶がもうあんなに遠くかなたへと。あれは雪が降る朝のことでした。

 


2000年01月02日 Lost World [ソウサク]

 I君。このことばはあなたから聞いたものではないから、きわめて無責任なものだろう。あなたがこの文章をいつ読むか、あるいは永遠に読まないかはわたしにはわからない。しかし、これだけは書いておく。あなたはわたしたちを見ると辛いと言う。けれども、それはあなただけではない、わたしたちみなが抱く思いなのだ。失われた恋、失われた仕事、失われた役割、失われた時間。みなでこうして毎年正月に会っていると、わたしたちがいかに多くのものを失ったかを、痛感せざるを得ないのだ。処世術には長けてきた、金もそれなりにできてきた、やさしい恋人にも恵まれた、けれどもいつもわたしたちは自問自答せずにはおられないのだ、はたしてこれでよかったのかと。

 あなたたちからもらったものに比べると、わたしは何もあなたたちにあげれない。年を経て会う度にわたしは自責の念に駆られる。しかも、I君をはじめとしてあのときを過ごしたあなたたちはわたしの書くものを待ってくれる、わたしのつよいところもよわいところも、いいところもわるいところもあなたたちは全て認識(しっ)た上で、わたしの書くものを読んでくれる、そしてわたしの作品を愛してくれる。わたしの書くものは人を癒しはしない、その逆だ。こころの傷に塩をぬるようなものだ。癒えかけのその傷をかえって痛めるようなものしか書けないのだ。わたしが書こうとしているもの、書いているもの、そうして書いたもの、それらはみな愚行だ、書かないほうがましなものだ。にもかかわらずにだ。


1999年12月29日 [ソウサク]

 まぶたの裏にあの姿が浮かんだその日のことをわたしは忘れない。あの、恐ろしくもそれ以上に恍惚とした二日のことをわたしは忘れない。一切を放棄したあの日のことを、わたしは忘れたかのようにして今を生きる。それが処世だというのだろう。ただよう、記憶と忘却のはざまでアップアップしながら、過去と現在をたゆといながらわたしは生きている。

* * *

 大学の時の同級生が私の小説を読んでレオス・カラックスの『汚れた血』みたいだと言ってくれた。レオス・カラックスをまったく知らなかったわたしはそれから数ヶ月後に映画館でその映画を見る機会が得られたのでスクリーンで鑑賞出来たのだが、どこがどうカラックスなのかがわからなかった。ただ、はレオス・カラックスのような才能が無いということはわかった。

ポーラX [DVD]

ポーラX [DVD]

  • 出版社/メーカー: アミューズ・ビデオ
  • メディア: DVD

 10年前、そのレオス・カラックスの『Pola X』を先日見に行って、ピエールという作家の明暗を、模索を、迷いと混乱を、そういった「落ち込み」が表現された作品と思った。きっと、嫌いな人は嫌いな作品だと思う、あまりにも暗いから。しかし、明かりがつくまで誰一人席を立つものはいなかったことが端的に示しているように、上映の間、上映後の観客のマナーのよさには感嘆した。カラックスの作品はフランスでは評価されていないことがパンフレットに書いてあったが、少なくともかように大切に作品を鑑賞してくれる人たちがいる監督は幸せなのではないかと思った。私もマイナーでもこころからおれっちの作品を読んでくれる人がいてくれたほうがいいなあと思ったのだった、10年前は。

 渡辺崋山は邯鄲という画を描くために、死期を一週間繰り延べたという話をつい先達て聞きました。他から見たら余計な事のようにも解釈出来ましょうが、当人にはまた当人相当の要求が心の中にあるのだから已を得ないととも云われるでしょう。

 漱石が『こころ』にこう書いてあるように、ある人間の生き方の是非を決めるのは、自分でもなければ、他人でもない、後世の人間でもない。非情なる時の流れと「死」だ。全ての人に平等に訪れる絶対的なものでなければ何人たりとも人を裁けやしない。死を前にしたとき、自分にとって本当に大切なものというのは10年前の私にとっては、小説を書くことだった、書くことだけが全てだった。まさかその志を見失いフラフラとしている今の自分があろうとは10年前には想像だにしなかった。

 この10年間の自分について一切の弁明はしない。私は無責任でいい加減な人間だった、今もそうだ。
 ただ、小説を書くことを通じて様々な人に出会ったことに私は感謝をしている。(中には不幸な出会いと悲しい別れもあったが、それが人生というものだろう)。

※『こころ』本文引用は新潮文庫版による。
※1999年12月29日 「Pola X」より(10年前の日記を一部修正、加筆)

 


そうか、もう君はいなくなったんだな [ソウサク]

 先日久しぶりにA君の夢を見た。久しぶりだったから懐かしかった。目が覚めて夢だと気がついた。

 そうか、もう君はいなくなったんだな。

 こうして段々疎遠になる人、さらぬ別れを重ねておいらも今年36歳、来年は年女。
 小説家を目指していた10年前のことを思い出す。あれはもう昔のこと、でも、時々無性にあの物語、この物語のつづきを書きたくなる。あの登場人物、この登場人物のことを思い出しながら未来のことをあれこれ語り合ったことを思い出す。

 受賞して作家になって遠い人になった人、いろんな事情で疎遠になった人、永遠に会えなくなった人。何もかもが懐かしい。万博公園で同人誌を即売したこと、文学フリマで再会した人たち、今でも細々ながらもやり取りが続く人たち、こんな私の作品を応援してくれた人たち、何もかもが懐かしくてそして、遠い。

 


今夜は風が強いから [ソウサク]

あなたが私を抱きしめて、頭をなでてくれたらいいのに。二人であたたかいミルクを飲んで抱き合ったまま眠って、翌朝には風がおさまっているといいのに。ミルクにはほんの少しだけハチミツを入れて、耳に心地よいあなたの甘いささやきをわたしの心に。

タイムマシーンに乗って [ソウサク]

 昨日の夕刊を持って、タイムマシーンに乗って6年前のあの頃のあなたに伝えたい。あなたの夢は必ず叶うのだと。あの頃の日記を読みながら、あのころのことを思い出しながら、わたしはあの記事を見ながら泣いた。

時計の針を進めることが出来るのは [ソウサク]

 ある日自分の内側にある特殊な感情に気がついた。いい年して異性を意識してしまう自分の滑稽さを笑いながらも何をいまさらと思いながらもどんどん傾斜してしまって気が付けばとんでもない状態になってしまった。

 いい年をして他人を思う気持ちが欠如しているわたしは、自分の心の弱さを知っているから、未だに一人。想うのにも想われるのにもこりごりなのは、わたしがあまりにも稚拙で未熟だから。わたしは一人でいることを選んだ。
 多分、あの人にはわたしの気持ちがわからない。知ることもない。ひょっとしたら、何もかもご存知で敢えてわたしを惨めにさせないために何も知らないふりをされていらしたのかもしれない。
 あの人が決してご覧になることのない、ここで一人で投瓶通信を続けたところでになるのだろう。

 けれども、渡せない手紙、出せない手紙をそのままにしても前に進むことは出来ないから。止まったままの時計の針を進めることが出来るのは自分だけ。心の時間を進めることが出来るのは自分だけ。進むと決めた自分だけ。


着信アリ [ソウサク]

 わたしには何もない。空っぽのココロを抱えて殻に閉じこもる。誰かを求めたり求められたりそんな関係のない場所にいるとほっとする。一人でいたい。

 でも、着信があるとうれしいんだなあ……わたしの文章が好きだと言われると……

 


刃物を握り締めて [ソウサク]

 大人になるにしたがって、誰にも言えない暗闇が増えていく。あれから10年、あの日飲んだカシスソーダのあの色をわたしは忘れない。あれをしくじってもう10年になる。この10年の間に、わたしは何も成し遂げていないまま年だけとって、わたしはこれからどこに行くのだろう。
 年々少なくなる年賀状の束、その中にある「結婚しました」「出産しました」「子供が*歳になりました」「仕事で**な立場になりました」という近況報告。周囲がいろんなことを成し遂げている中でわたしはただ立ち止まっている。わたしをこの道に誘ったあのまがまがしい悪の輝きを放つ刃物を握り締めて。

 わたしはその刃物を6年前に投げ捨てたはずだった。目を閉じて何処かに投げやってその場を走り去って、ありとあらゆる人に心を閉ざしたはずだった。もう二度とそれを握ることはないと思っていたのに、果たしてその刃物は形を変えて戻ってきた。
 自分を誤魔化したままパン教室に通ったり、カフェで本を読んだりする平凡な毎日の中で、やっと、この恐ろしい刃物を握り締めたときのあの感触を忘れかけていたのに。

 わたしの刃物を手渡した「あなた」は悪い人だ。首を振って否定したのに「あなた」は「これはお前のだ」と指摘してわたしにそれを握らせた。わたしはこの刃物を握り締めて、この途をただ独りで延々と歩いていくしかない。どんなに泣こうと喚こうと否定しようと逃れようとしようと、わたしが生きる途はここにしかないのだ。両親を泣かせ、他人に迷惑をかけ、人でなしの途を歩いていくしかないのか。それがわたしという人でなしの性なのか。


光の断片 [ソウサク]

 この年で結婚もせず恋人もおらず、貯金もなく、美人というわけでもなく、仕事が出来るわけでもない、何も持っていない惨めなわたしは、他人からすれば妄想に過ぎないものを後生大事に抱えているだけ。

 わたしってどうしてこんなに滑稽なんだろう。

 時々、自分が書こうとしている物語の断片が見えて、それは虹のようにいろんな色を見せる。
きらきら光るその断片を一枚の絵にするときの、あのすばらしい光り輝く波を求めてわたしは延々と書き続けるんだろうな。

未だ完成しないこの物語を待っている人がたった一人でもいるのだとしたら、わたしはその数少ない人のために書くのだろう。

その名は [ソウサク]

孤独なるものよ。汝の名は物語。わが孤独なる魂の唯一の館。お前があるから、私は歩き続けることが出来る。私はお前を愛している。

Show Me The Meaning Of Being Lonely [ソウサク]

 Backstreet Boysの「Show Me The Meaning Of Being Lonely」を聴きながら、こう思うのです。冷え切ったわたしのこころに人間らしいあたたかさがまだ残っていることを教えてくれたのはあなただと。わたしにあの頃の感情と思いがあることを示してくれたのはあなたなのだと。あなたからいただいた小さな紙片を開いたり折りたたんだりしながらわたしは思うのです。あなたがいらっしゃるから、わたしは頑張れるのです。頑張りすぎるときにはブレーキをかけてくれるあなたがいらっしゃるから、わたしは踏ん張れるのです。


かつて見た夢 [ソウサク]

 火星大接近の年に、一世一代の大勝負に出たあの頃はひとでなしのわたしの内にあたたかな血が流れていた。人生でもっとも至福だったあのころのことをわたしは決して忘れない。夢のように幸福だった時代を決して忘れない。「この想いが実らなくてもそれがなんだというのだろう」とふんばったあのときの気持ちを忘れない。
 あの頃は、こう信じていた。この世界のどこかに、愛する人がいて、愛されて、二人で肩寄せあって喜びを倍にして、悲しみと苦しみを分かち合って、前だけを未来だけを見つめてともに生きることもあるに違いない。その人とともに、わたしは自分の夢を追うのだと。そして、その人はきっとどこかにいて、わたしの恋の苦しみはすべてその人が喜びに変えてくれるに違いないから。
 その人にめぐり合ったらきっとすべてが喜びに代わるに違いないからと、本気で信じていた。

 わたしはそのたった一人の人とめぐり合うために生きる。
 そしてそのたった一人の人とともに生きるために夢を追うのだと。一人で生きていけるなんてうそだ。独りでも一人じゃいきていけないのだと。


 [ソウサク]

 Backstreet Boysの「10, 000 Promises」を聴きながら、いろんなことを考えるのです。あなたに対して何を曖昧にして何をうやむやにしているのか。そしてそれが何であるかを知っているくせに自分自身をも欺きかけたことを。
 最近、ふとしたときにパトリス=ルコントの映画に出てくるナイフ投げの的になっている娘の映像が浮かぶことがあります。彼女のようにわたしは身動きが出来なくなっているのです。「動くと危ない」と言ったのは夏目漱石の『草枕』に登場する主人公の画工ですが、まさにわたしも動くと危ないのです。


化石 [ソウサク]

 風が吹いて、一斉に公孫樹の枝が揺れた。それは何百という芋虫の蠢きを連想させ、その不吉な姿にぞっとした。秋も深まれば、その葉の一枚一枚が枝から離れて空に舞うだろう。公孫樹の葉は蛾の羽にどことなく似ている。わたしは暗闇の中でおびただしい量の公孫樹が散る姿を想像した。それは今にも消えようとする炎が一瞬だけ激しく燃えさかるのによく似ている。しかし彼女はますます目をきらきら輝かせながら続けざまにこう言ったのだった。
「秋になったら屹度散りやまない公孫樹の葉がきれいよ、ねえ。知っている? 公孫樹並木を共に歩いた男女は過去、現在、未来を通して結ばれるって」
「何それ?」
「何かで読んだの。好きな人と結ばれたいのなら、公孫樹並木を二人で歩けばいいの。そうすればその男女は公孫樹の魔力で恋に落ちて結ばれるんだって、素敵よね」
「そんな……馬鹿馬鹿しい」
 わたしは空をじっと見詰める彼女の眼差から視線を反らした。三十歳ぐらいの女性が二つぐらいの女の子の手をひいてわたしたちの間を通りぬけていった。女の子が何かをしきりに母親に話しかけていた。女の子の背中を見詰めながら、あの子もいつか恋をするのだろうかと考えた。彼女は公孫樹の枝を見上げたまま、今度はその隣の公孫樹を指差した。こちらには実がついていない。
「公孫樹には男女があるのよ。ギンナンがなるのが女の樹、ならないのが男の樹よ。それに公孫樹は人類の歴史よりもはるか昔からある生きた化石とも言われているわ。だからこの話だってまるっきし嘘ではないかもね」

公孫樹並木 [ソウサク]

「――いつか僕と一緒に僕の大学の近くにある公孫樹並木をを見に行きましょう」
 公孫樹は恋人たちの樹なのです。人類が地上に存在する以前から愛し合ってきた恋人たちの樹、わたしたちの過去と未来を見据える樹なのです。僕はいつか一緒に、僕の学んだ大学の公孫樹並木をあなたと一緒に歩きたいのです。そうして僕の若き日のよろこびやかなしみ、僕の青春時代の全てを、僕という人間の原点を、あなたに、ただ一人あなただけには確かに知ってもらいたいのです。


植物と光 [ソウサク]

 暗室に置かれた植物がわずかな光を求めて成長するように、人間の心もまた光を求めずにはいられないのでしょう。しかし、この惹かれるという感情が曲者なのです。特に、異性を前にしたら。

冷ややかな [ソウサク]

「僕はね、本当にあれから毎日毎日考えた。どうやったらあの日君が抱いた疑問について、どうしたら君が一番納得のゆく解答を示せるかと。本当にたくさん考えたんだ」
「疑問って?」
「ほら、言っていたじゃない、一番冷たい温度って何かしらって」
 記憶の糸をたどりながら、ああ、あのときあなたは「絶対零度」って、答えたわねえ、と微笑むと、彼の頬も緩んだ。
「でね、あれからずっと考えて何冊か本を読んでその結果、少しだけわかりかけたんだ。それは――」
 彼は立ち止まってわたしの眸を覗き込んできた。澄んだチョコレート色がきれいだと感じさせずにはいられない眸だった。
「この景色を一緒に見たいとねがう人がいない状態だと思う」


闇のその向こう側に [ソウサク]

 だから。
 ああ、だからが多いね、でも、よおく聞いておかなきゃいけないよ。
 
 ――君は愛することを知らなきゃいけない、愛されたいと願うばかりではなく、愛することの意味をもっと真剣に考えて行動しなきゃいけない、そして誰かを好きになったら、自分の身をぼろぼろにすることが愛と錯覚してはいけない、相手のために自分を大切することも愛なのだと知らなきゃいけない。
 そして恐れてはいけない。ただ、ひたすらに忍耐強く信じるだけなんだ。そう、闇を恐れるのではなく、闇の向こうの光を信じなくてはいけない。僕が言えるのはこれだけだよ。

"i" [ソウサク]

 その喫茶店の奥の席にわたしたちは座った。丸いテーブルに椅子が四脚あったので、カウンターに背を向けて隣り合うように座った。窓の外の公孫樹並木は相変わらず見事だったので、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけることなく目を奪われていた。

 

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Find the Way [ソウサク]

 この特別な感情がなんであるかわたしは、経験上知っています。それをあなたに伝える方法も手段もいくらでもあります。もう子供じゃないのですから、それなりにスマートに伝えるすべも知っています。けれども、伝えるという行為があなたとわたしとの間に保たれた絶妙な均衡を崩してしまうこともまた知っているのです。大人になるというのはスマートになれる一方で臆病にもなってしまうものなのですね。

 このままこの感情を知らなかった頃に遡及すればいいんじゃないか、このまま、この感情が生まれなかったことにすればよいのじゃないか。そうする術もわたしは知っています。それなりに歳はとったのですから。けれども、否定してもこの感情が存在するのは事実なのです。

 ただ、中島美嘉のFind the Way を聴きながら、もう少しこのまま、今のままこれ以上進むことも戻ることもしないでいることもできるんじゃないかとも思うのです。


光り輝く波 [ソウサク]

 クリスマスまでまだまだあるというのに、ライトアップされムードたっぷりな通りを歩きながら、あなたが隣にいたらいいのに、そして最近読んだ本のことや美術展のこと、これからことを話しながら歩くだけでもどれだけ楽しいことだろうと思うのです。あなたがそばにいたらいいのに。古めかしいけれども、backstreet boys"IWant It That Way"の歌詞を思い浮かべながらあなたのあたたかな掌やごつごつしている指を思うのです。

 青や白の粒子がたゆとう、この激しい光の波にわたしの感情はおぼれてしまいそうになり、気がつけばあなたのことを思っているこの形容しがたい心情を何と名づけたらよいのかわたしはとうに大人と呼ばれる年齢を超えたのに未だにわからないのです。


菫のように [ソウサク]

 自分に自信がなくなったり、将来に不安を感じて心がくじけそうなときは、千代紙が張ってある箱の中に入れているあなたからの言葉が入った紙片を何度も読み返すのです。そして、あなたのことばに支えられているように、わたしのことばにあなたが力を得ていらっしゃるというのがまことならば、わたしは、あなたの心に咲くちいさき菫のようにひっそりと生きていたい。

紙片 [ソウサク]

 あなたからいただいた小さな紙片に書いてあったことばを何度も何度も拝読しました。時々がんばりすぎちゃってダウンして、最後まで何かを成し遂げることのできないわたしの性格を的確に言い当てられた気がして少し恥ずかしくなりましたが、同時に、この上なくやさしくぎゅっとわたしの心を抱きしめられた気がしたのもまた事実です。

 わたしが小さな紙片をこっそり背広のポケットに入れておくと、あなたは含羞を浮かべながらはじめてわたしの名を呼んでくれたので、そしてそこには走り書きで、「キミ ノ コトバ ハ ボク ノ チカラ ダ」と書いてあったのでわたしはそこに「me,too.」と青のボールペンで書き込んでまたもやあなたのポケットに入れたのです。


再会 [ソウサク]

 ……この数日間、わたしは毎晩あなたの夢を見ました。けれどもわたしは夢の中でなら、あなたの名はわかるはずなのに、目が覚めるとあなたの名を忘れ、ただ、言いようもない感情をもてあそび、気がつくといつもあなたのことを考えていたのでした。

 果たしてあなたは誰なのか。

 あなたはようやくその顔をはっきり見せてくれ、わたしの名を呼んで、コンサート会場の玄関ホールのような場所でわたしの両手を握ってくれてこう言ったのです「会いたかった」と。周囲にはわたしの知人がいます。わたしは含羞で顔が熱くなるのを感じながらも同じように言いました。「わたしもです」。

 しかし、逆光で顔はよく見えません。その顔がようやくはっきりしたとき、わたしは声を上げました。何故ならもうあなたは一年も前に死んでしまったのだから、突然。わたしは生前に伝えようと思って伝え切れなかった一言、おそらくこれを伝えずに死ぬのは心残りになるけれどもどうしようもない一言を声にしようとしたのに、夢でさえもそれは許されなかったのです。


夢で逢えたら [ソウサク]

 あの日あなたの夢を見て以来、わたしの心はどうも此処にあらずで、いつも気がつけばあなたのことを考えてしまうのです。あなたの声、あなたの眸を想像して一人で胸が苦しくなったり、切なくなったり、うれしくなったりするのです。

 あなたからいただいた私信の数々のことばを反芻しながら、今宵もあなたと夢で逢えたら。


思いあぐねる [ソウサク]

 明け方の4時過ぎにわたしは、あなたがわたしの名を読んだ気がしたから慌てて飛び起きました。果たしてあれは夢だったのでしょうか。けれども、わたしはたしかにあなたの声を聞いたのです。あなたが声を限りにわたしの名を呼ぶのを。

 あれ以来わたしはひねもすあなたのことを考えています。考えながら、あなたの元へ駆け寄るための脚力をどうつけたらよいのか思いあぐねています。気持ちだけでは、あなたのそばにはいけないのです。あなたは遠い人だから。

 果たして、わたしはあなたに見えることができるのでしょうか。あなたに見えるのにふさわしいときをわたしは待つことしかできません、今は。


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